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収蔵作品目録 圓鍔勝三デジタルミュージアム
 ※圓鍔勝三の作品が3Dでご覧になれます。    
No. 作品名 解説(圓鍔勝三による) 制作年 材質 高さ×幅×奥行
1 二人 「お手をちょうだい」「いやだわ」と少年少女がたわむれているが、「いやだわ」といった少女の右手は、少年の頭の後ろにある。異性を意識しはじめた年頃の、初々しい“はにかみ”を表現したものだ。モデルは少年・少女とも長男である。第4回日展。 1948 木彫 162.0×52.0×43.0
2 日月花 私たちの金婚式の祝いに孫たちが、花束をくれた。非常に喜んでいた妻の表情が印象的。年月を重ねて、私たちが元気でいられたからこそ、今日があると思う。太陽と月で年月を表し、花束を金属で作った。頭上の雲・月・太陽にはエジプト様式をとり入れる。宝冠に連弁、手の花に抽象化した金属、すべて「長い歳月」に感謝の意を表した作品である。改組第18回日展。 1986 木彫・銅板
ステンレス
192.5×86.7×68.2
3 友好 仲良しの女性たちを作った。しかし制作にあたり『何を作ろうか』と考えあぐねながら、『苦しむこともよいことだ』と思ったりしたものである。友だち同士というのは、単に表面上の仲の良さだけではなく、心のつうじ合う、深みのある友だち同士であることが好ましい。そういう意図をこめた作品。第10回日展。 1967 木彫 199.4×115.6×68.1
4 途上 中国服の義妹と長女がモデル。当時は「アジアは1つなり」の言葉をよく耳にした頃。足元の猫は“なきものがな”と某美術誌に評されたのがいつまでも頭に残ったものである。第4回文展(無鑑査)。 1941 木彫 171.0×84.0×55.0
5 古の話 敗戦直後、世の中は貧困と飢えで混乱したが、そういうときこそ、日本固有の精神文化を省みることも必要だと思い、文化をお面で表現した。若い女性たちが新しいものばかりを追い求めていた時期に、古きよきものへの追慕と再生を願って制作した作品である。制作にとりかかった頃、私は奈良朝文化に心を魅かれていた。第11回日展。 1955 木彫・着色 146.5×114.5×75.0
6 若葉 広島の平和公園にもあり、溌らつとした少女がバンビと共に野原をかけ廻る平和の情景を表してみた。平和公園の台座には、湯川秀樹先生の「まがつびよ 再びここに来るなかれ 平和を祈る人のみぞ ここは」という歌を彫ってある。 1966 ブロンズ 190.0×97.0×53.0
7 楽人 楽器を抽象化した頭部で表してみた。後ろに刀を加えてみたが、何か物足りないのでそのうち、さらに刀を加えて、いま少しなんとかしようと思っている。第2回日展。 1959 木彫・
ステンレス・着色
185.0×71.0×50.0
8 北きつね物語より 北キツネの親子の別れを表現した作品。今夜から親兄弟と一緒のねぐらで寝るのではない。上の子から一匹ずつ家族のもとを去っていかされる。親キツネを大木の上に置き人間の上代の着物をきせた。手の指でキツネを表した。出て行く一匹のキツネは淋し気に、『過去には楽しい思い出もあった』と過ぎし日々を懐かしんでいる。改組第13回日展。 1981 木彫 203.1×111.7×106.1
9 小学生のとき、尾道に「木の下サ−カス」がきて、馬の上でみごとな演技をする少女をみた。特に2頭3頭の上で身軽に踊ったり、飛んだりしていた少女のことは、白髪になった現在でも印象深い。少女のスカ−トは青銅化した銅板をはって色彩効果をねらった。やはり、自然の色には勝てないと魅力を感じたものだ。少女を馬の背ではなく頭上に乗せたところが私らしいと思う。改組第12回日展。 1980 木彫・銅板
ステンレス・着色
125.0×52.0×37.0
10 ムーランルージュの夜 第5回日展ヨ−ロッパ旅行のおり、有名なム−ランル−ジュに出かけ、劇場の一角で空中の親子が投げキッスをしながら、カンカン帽を投げるショ−を観た。その空中の感じを表現してみたくて、下から上よりさがった雰囲気を出すのに苦労した。作品は、意外と好評のようだった。子どもの投げたカンカン帽は、家内と一緒に座っていた私の足元へ落ちたことも忘れがたい記憶である。改組第5回日展。 1973 木彫・鉄・着色 186.0×65.0×107.0
11 月と鳥 月かげにふくろうが休んでいる。自然の夜の静寂とおだやかな世界を表現している。 1979 木彫 111.0×48.0×53.5
12 タヒチの追想 南方の緑の繁ったなかから、ウマ1頭が顔を出し、若きピチピチとしている女性と対話している情景をイメージしてみた。このときのタヒチ旅行は、堅山南風先生とご一緒した。改組第8回日展。 1976 木彫 96.0×68.0×35.0
13 ランギロアの少女 タヒチのそばにあるランギロア島で、海水浴に興じる現地の女性たちに出会った。ご一緒した堅山南風先生は宿で絵を描いておられたが、とにかく、陽射しの強い南国。蚊の多いことには驚いたものの、毎日が楽しく、蚊のことなど気にならないほど遊んだものだ。女性たちがとてもスマ−トで、胴の細さが印象に残った。個展。 1976 木彫 88.8×27.4×27.7
14 星より 北方領土返還を願って、両手を上げたり、広げたり、3人の女性にその願いを重ね木彫で表してみた。衣服は銅版を貼った。台座は大自然を表現するために白木を用いた。第15回日展。 1983 木彫・銅板 83.5×131.5×86.5
15 シルクロードの旅 『シルクロ−ド』といえば平山画伯を思い出すが、この青銅版は、自然の何百年も経った発色の美しさをかもしだし、みているうちにこうして抽象化の作品となった。シルクロ−ドの映画やテレビはよくみるが、昭和50年、やっと中国の旅に出かけることができ古城跡で700年も前の動物の骨を見学した。中国は広く、歴史も古い大感激。個展。 1976 彫金 19.0×30.0×14.0
16 夢の丘 エジプトのピラミットや中国の万里の長城を考えていると、この作品が浮かんだ。この中には一つ目小僧や動物の変化したもの。おなじみのフクロウもいる。長い歴史の尊さを表現してみたかった。いずれもこの銅板は1世紀以上の歴史があり、思い出も多い作品である。改組第23回日展。 1991 木彫・銅板 81.0×81.0×47.0
17 この作品は、広島駅新幹線北口に置かれている。郷土広島は今や“世界”と広島である。明るい、平和な朝が、人びとの生活の上に、また社会全体に訪れてくることを、私自身も強く願っている。題名を希望に満ちた「朝」としたのも、私の祈りの気持ちからである。 1979 ブロンズ 213.0×427.0×1450.0
18 二つの帽子 「ム−ランル−ジュの夜」の作品で説明したのと同様。ム−ランル−ジュで子どもの投げたカンカン帽子を偶然に私が拾った。そのときの印象が強く、後年、この作品に反映させた。頭上の赤い帽子は六角形、左手の白い帽子がそのときのカンカン帽である。頭のてっぺんに空間をつくってあるのは、握ったときの立体感を表現しているため、八頭身、大胆なアクセサリ−、センスある現代女性。伊勢神宮にいっている作品と同様、あちこちで評判になった作品である。第17回改組日彫展。 1987 ブロンズ・ステンレス 135.0×54.0×56.5
19 みあがりおどり 郷土の無形文化財に指定される。この作品を制作するため、実際に郷土の人に踊っていただいた。なかなか時間がなく、動きを出すのに苦労した。もっと若い頃に取り組んでおけばよかったと、つくづく思う。改組第24回日展。 1992 ブロンズ 147.5×89.5×68.7
20 鹿野苑
(仏様付)
川崎大師から「祈りと平和」というテ−マで依頼されたもので、手を開げた姿で「平和」を、掌を合わせた姿で「祈り」を表現してみた。台座は霊峰富士の山を表している。インドの聖地、釈尊の説法地には大勢の弟子が集まり、多くの鹿も来て、釈尊の説法を共に聞いた、とのこと。この地を鹿野苑という。新緑の森に、鹿がたわむれるなか、それぞれの天女が楽器を吹いたり、奏でて、釈尊を迎える情景を表してみた。第14回日彫展。 1984 ブロンズ・
木彫・銅板
109.0×134.0×99.0
21 初夏 これを制作する2、3年前から私は制作上のカベを感じ、悩んでいた。なにか打開策は発見できないものかと呻吟していたように思う。それだけに、昭和14年、第13回文展で初特選となり、京都市買上げとなったのには驚き、大いに喜んだものだ。モデルは家内とその妹。第3回文展(特選の原型)。 1939 ブロンズ 162.0×108.5×65.8
22 1993年10月に行われた「伊勢神宮式年遷宮」の宝物として制作。前回の制作者は平櫛田中先生であり、当代の最高の彫刻家に依頼されている。伊勢神宮の神宝のタテ髪とシッポには実物の毛を植えてある。制作条件としては、あくまでもサラブレット系の馬ではなく、純日本馬であることを強く依頼された。また、馬の鞍や色彩はすべて古代からの伝統にのっとって制作しなければならず、私としても大変勉強になった作品である。正面と側面の絵でしかないものを立体的に作りだすのである。木彫で制作するにあたって、神宮から許可をとった。 1990 木彫 57.0×70.0×20.3
23 聖徳太子 釈迦、キリスト、聖徳太子、孔子を世界の四聖人という。某会社から、社員の教養研修室に置く精神修養のシンボルとして依頼された。単彩で四体制作した。 1939 木彫・彩色 90.0×41.0×41.0
24 徳川家康 徳川家康には爪を噛んだり、歯ぎしりするくせがあったらしい。「三方ケ原の戦い」で負けたとき非常に残念がって爪をかんだという話を聞いたことがあった。そんなことを想像しながらの作品である。個展。 1980 木彫・彩色 34.6×50.5×23.5
25 歌麿 浮世絵で有名な歌麿は、生命力あふれ、豊かな才能を持ち合わせていた。そのイメ−ジを作品にしてみた。第23回五都展 1974 木彫・彩色 27.4×34.2×24.5
26 “古典”に挑戦するのは、大変勉強になるものだ。なかなか難しいと思った。 1974 木彫・彩色 17.7×15.3×7.6
27 摩訶カ 釈迦十大弟子の一人で、釈迦の涅槃のときに大勢の弟子を連れてかけつけた。摩訶迦葉がお経を読むと釈迦が成仏したという。この作品は摩訶迦葉もさることながら、光背には特に心を配り、鹿野苑と摩訶迦葉のボン字を構想にとり入れた。愛知県名古屋市の日泰寺に納められている像は4m50cm。 1987 木彫 127.0×42.0×28.0
28 阿難尊者 釈迦の十大弟子の一人で、若い美男の僧。摩訶迦葉像と同じ気持ちで制作。名古屋の日泰寺に納められている。 1987 木彫 127.5×39.5×29.7
29 躍進 石垣島で経験した元旦の朝の印象が脳裏に焼きついて離れず、イメ−ジしてみた。元旦の朝の日の出のように、この日、出立することは立身出世を意味するらしい。クラ−ク博士の「少年を大志を抱け」という、希望に満ちた力強さを感じ、題名を「躍進」とした。羽根幅3m以上。 1967 ブロンズ 130.0×300.0×120.0
30 躍進
(エスキース)
  1967 ブロンズ
(黒大理石台付)
53.0×38.5×14.5
31 歩け南方 昭和17年の大東亜戦争美術展に出品した作品。当時は戦いもかなり激しくなり、南方の国々の独立が叫ばれて、私自身も強い感心をもっていた。この頃は、飛行機工場の職工が飛行機を手にしている「ヒコウキ」と題したもの、海水着の少年がサザエを持った「海の子」という彫刻を制作したが、かなり悪夢の時代が続いたものだ。義理の弟がモデル。東洋人として誇りを表現してみたいと思った。材料はセメントと石膏。大東亜戦争美術展。 1942 石膏・
セメント・着色
173.0×44.0×95.0
32 母子像 以前、某産婦人科から依頼され、この作品は病院の表玄関に置かれていた。セメント作品としては初期のもの。   テラゾー 111.3×45.0×45.0
33 N氏像 高さ6mのため、芯棒を木ズリのラス張りの建築カベの下地と同様とし、石膏直付け、厚さ2pとした。北村西望先生の長崎の平和像は芯棒に竹を用いている。竹を用いるのは、丸みがつくのでいい方法だと思った。私は、木彫家だから私なり工夫をし、勉強させていただいた。ハトは平和の象徴である。 1960 石膏 550.0×200.0×200.0
34 M氏像   1965 石膏 385.0×91.0×100.0
35 K氏像   1979 ブロンズ 67.0×61.0×42.0
36 S氏像   1992 石膏 291.0×93.0×67.0
37 紫式部像 福井県武生市の市政35周年記念制作。この地は雪深く、紫式部の美しい立ち姿が生える。平安朝をしのぶにあたり、普通のブロンズ色よりも金色の十二単衣像を選んだ。台座の後方にたれる十二単衣の裾の処理に工夫をした。平安朝式庭園の設計は森蘊先生。美術評論家の河北倫開明先生が碑文を寄せられている。 1986 ブロンズ 510.0×762.0×200.0
38 新聞(部分) 社会面をみている母親とマンガに夢中の子どもが同時に中国新聞をみている風景。新聞を抽象化させるためにハリガネを用いた。実際、私はこういうシ−ンをみたことがある。台座は地球儀を表し、面には世界地図を描いている。本物はモ−タ−を入れた大きな円い地球儀となっている。個展。 1972 ブロンズ・
ステンレス
64.0×37.0×38.5
39 正義の女神 裁判制度100周年記念の切手や最高裁判所のポスタ−に利用された嬉しい作品。宝冠に日本の仏像様式をとり入れてみた。 1963 ブロンズ・ステンレス 174.0×45.0×39.0
40 仁王像
(阿尊,吽尊)
仁王像は、俗に仁王立ちといって両足平行に踏ん張っているが、これは片足をあげて踏ん張らせてみた。天衣も下にさがるのが普通だが、高く上に舞上がらせてみた。木寄せ方法も鎌倉期の方法を使わずに制作。よい勉強になった。高さ3m60pの像(木彫)は、東京・池上本門寺にある。 1978 ブロンズ 阿尊
195.2×102.2×59.0
吽尊
197.7×96.5×60.3
41 不死鳥 誰でも人間は「生きたい」という本能をもっている。エジプトで「不死鳥」と呼ばれている鳥は、中国で「鳳凰」と呼ばれている。この作品の顔は鳳凰、手は鳥、胴体は人間という組み合わせで、躍動感を出してみた。第1回日彫会選抜展。 1990 ブロンズ 74.0×45.0×21.5
42 仏法僧 「月と鳥」と同一テ−マの作。「仏法僧」はブロンズ。月かげにふくろうが休んでいる。自然の夜の静寂とおだやかな世界を表現している。 1978 ブロンズ 36.7×15.2×20.4
43 飛び込み 背泳をイメ−ジした作品。日米水泳競技大会のトロフィ。残念ながら、このトロフィは勝ったアメリカの選手に渡った。 1950 ブロンズ 26.5×5.7×17.4
44 夢に乗る 魚と子ども。希望に満ちた未来に向かって、少年は魚にまたがり、ラッパを鳴らす。 1979 ブロンズ 125.0×25.0×120.0
45 夢に乗る
(エスキース)
魚と子ども。スイスイと前進するさまは、未来を告げる希望の輝き、子どもが抱えているのはハト。しかし、全体は水の中の世界をイメ−ジした。「赤い鳥」で有名な鈴木三重吉先生の記念碑にも、こうした類のものを私が作った。 1955 木彫 36.1×21.0×13.0
46 新緑のよろこび 樹脂テラゾ−で、樹脂に黒大理石の骨材を入れると、少々細かい部分でも大丈夫だし、割れも全然起きない。また、修理もきき、型抜きの場合、目方も軽く、接着も可能である。第4回日彫展。 1974 樹脂
テラゾー
132.0×74.5×34.0
47 動物慰霊碑
「仏と牛」
牛の骸骨を入手した際、これをじっとみているうちに、人間がどれほど牛の世話になっているかをおもい、万霊塔の意味合いを込めて、頭上に金箔の仏像を配し、制作した。第14回日彫展。 1966 テラゾー 78.0×151.0×109.0
48 万霊慰霊碑「虎」 スマトラで人喰い虎が、人間2人を食べた話を聞いてイメ−ジした作品。このモデルとなった骸骨は二科の抽象作家笠置さんからいただいたものだ。第16回日彫展。 1968 テラゾー 51.5×55.7×76.5
49 怪獣 子どもの喜ぶ怪獣を作ってみたかった。昭和40年頃も現在と同じように怪獣には人気があった。第15回日彫展。 1967 テラゾー 88.0×93.0×43.0
50 子ども 横浜の某百貨店の開館式の際、テ−プカットの儀式が催された。そのとき、ある女優さんも参加されていた。大勢お越しのお客さまは、もちろんその女優さんに注目したようだ。この作品の一方がそれらのお客さまの波で押されてしまい、倒れ、こわれてしまうという事態が起きた。懐かしいできごとがよみがえってくる。 不詳 白大理石 32.0×18.3×31.0
51 横臥 制作に用いた大理石は良質のものではないが、私はあたかみのある、柔らかさを感じて石に魅かれた。女性の寝ている姿はいいものだが、そうした女性の内面のやさしさが大理石で表現できればと思った。この作品から高山先生が制作者の意図を、汲んで下さり、絶賛して下さった記憶も、いまだ新しい。個展。 1968 白大理石 18.5×45.0×12.5
52 うさぎ 白い大理石の美しさに魅かれ、うさぎをイメ−ジし、楽しく制作した。うさぎはブロンズでも制作できるが、やはり白い大理石の魅力には格別のものを感じたものである。個展。 1977 白大理石 16.0×33.0×17.0
53 手足を組む セメントはこわれやすいといわれているが、テ−マ、ポ−ズによっては、まずこわれるものではないと私は思っている。危険なことをやればセメントは建築物でさえヒビ割れが入ったり、割れやすいものだが、こうした安定感のあるポ−ズにすれば、こわれることはない、と私は思い、挑戦してみた。個展。 1968 テラゾー 44.0×42.0×34.0
54 ネックレス 陶彫像に、一度焼いた陶器をネックレスとして埋め込んで、もう一度焼いてみた。第8回日本陶彫展。 1958 陶彫 66.0×19.0×19.0
55 花を抱える 腰掛けポ−ズに、両手を肩に挙げ、その両脇の穴や膝の穴より花を抱えられるようになっている。実際に花を生けた方が、作品が一段とひき立つ。私の好きな作品でもある。8回日本陶彫展 1963 陶彫 43.5×15.2×24.5
56 朝の調 この作品は鹿児島市民文化ホ−ルに置かれている。鹿児島の人びとは、「わが郷土こそ、日本の文化の発祥地」と、自分の住んでいる土地に強い愛着と誇りを空に輝くように1つ1つ作品化してみた。 1983 ブロンズ・
ステンレス
340.0×410.0×300.0
57 祈り 一つの布に3人の仏さまの首を出した。好評を得た作品である。ビ−ルビン3本を芯棒に用いた。「祈り」は釉薬(うわぐすり)。釉薬いかんで作品が面白く変化することは、陶彫の何よりの楽しみ。第12回日本陶彫展。 1965 陶彫 34.5×38.6×8.0
58 羅漢 締焼。久々に制作した羅漢。i意外と評判だった。陶彫展。 1965 陶彫 42.9×35.9×11.6
59 妊婦の神 焼き方がポイント。焼き具合に専門家が驚きと感心を抱いたが、私自身も好きな作品である。抽象化した鳥の妊婦の像とした。作品集では「鳥」としているが、妊婦の神さまである。妊婦姿は見ようによっては美しくもあるが、また、美しくない時もある。この作品では、人間の誕生を予測する、女性特有の精神的な強さと逞しさを表現してみた。陶彫展。 1974 陶彫 36.5×27.0×15.0
60 陶土の中へ、磁器の破片で作った、いろいろな種類の木や動物を埋めて焼いてみた。負け惜しみではないが、もっと欠けたところがある方が面白かったと思う。 不詳 陶彫 18.3×33.3×15.3
61 果実器 大きな耳飾りが特徴の、異国の女性を土台にした果実器。 1974 陶彫 29.7×20.0×18.5
62 果実器 若々しい女性の表情を表した「果実器」。この器に載せたみずみずしいリンゴなどの果物を想像してそれをついばむ鳥たちを配した。 1974 陶彫 26.4×19.7×18.4
63 もともとはウマとサルの群像。お互いに背中合わせになり、サルがウマを引っ張ったところ、ウマが恐がってふり向いている様子を構図にして制作したが、窯から出してみるとウマが吹っ飛んでいた。今から思っても残念でならない。ある編集者が、「このサルを雑誌に紹介したい」といい出して本当に紹介したが、私としては、『そんなものかなあ』と他人の目に改めて驚いたものだ。陶彫展。 1976 陶彫 8.2×7.1×6.5
64 熱帯魚 大理石の素材。「熱帯魚」は夏のアクセサリ−に作ってみたものである。冬のスト−ブの代わりに置くと、また感じがよかった。個展。 1968 大理石 42.3×84.2×10.4
65 干魚 扇子も魚もおめでたいときのもの、長寿を祝う作品である 不詳 木彫・彩色 29×31.5×17.2
66 エンジェル
(風見鶏)
現代の若い少女を「天人」にイメ−ジした。風をはらんだスカ−トと大空に向かって吹く笛は、「明日」へのシンボルである。 1992 ブロンズ 100.0×89.0×15.0
67 キリスト キリストの顔も素材によって表現のされ方も異なってくるが、そこが楽しみでもある作品。作家の精神性や好みによっても、それぞれ個性のあるキリストができる。個展。 1977 白大理石 61.0×21.7×25.0
68 婦人像K イタリア大理石で制作。モデルさんもいたが、やはり私の想像で描いた。私の好きな宗教的で深みがあり、品性を感じる、という顔の表情を出している。化粧をほどこしたような単にきれいな顔よりも身も心もきれいだ、という表情を把みたい。首筋の黒い部分は、大理石から自然にでてきたものでこの女性の美を一段と「生きたもの」にしていると思う。個展。 1985 白大理石 44.0×26.0×24.0
69 音楽家 一度作ってみたいと思っていた音楽家の顔。さて制作してみると、なかなか思いどおりにいかない。何を作っても難しいものだと思った。個展。 1985 ブロンズ 40.0×27.0×33.5
70 画人 かつての日本橋の材木商の主人の顔。石膏とセメントとおがくずの3種類を材料に用いると、どうなるのかなあと想像して作った作品。温かみのある雰囲気は、おがくずのせいだ、と思う。第3回正統木彫家協会展。 1943 石膏・木屑
・セメント
61.2×27.9×30.6
71 石膏師 石膏師の顔をセメントで制作してみた。無口な人だがなかなか立派な体格と人格に魅かれたものだ。第2回正統木彫家協会展。 1942 セメント 53.7×35.8×34.7
72 白セメントの熱帯魚 賀茂鶴オアシスの中に入れた熱帯魚。白セメントの中に磁器でうろこ模様をほどこした。 1969 白セメント・
色タイル
49.8×66.0×2.0
73 初めてのロウの原型でブロンズを作った。重苦しいようだったが、せっかく作ってみたので鋳物にしてみた。シッポが欠けている。 1982 ブロンズ 10.2×52.4×9.3
74 一すじ 春先きの、薄氷の張った池の底で、じっとしているコイ。 1968 白大理石 9.0×42.5×9.0
75 鳥と動物
(レリーフ)
キリン、ヒツジ、シカ、サル、トリの類を配した。子どもたちに「好きな動物は?」と尋ねてみたところ、これらの動物を挙げた。子どもたちも喜んでくれた。 1980 樹脂 188.0×380.0×10.0
76 育児院と牛乳の記念碑(レリーフ) 大分県庁前の広い通りにある。日本で初めて牛乳が紹介されたときのことに因んで、その記念碑として制作した。乳をしぼるのはチョウマゲ姿の男性、その乳を飲んで元気な姿をみせる母や子ども。それを見守っている神父。 1975 樹脂 127.5×182.0×6.0
77 平和安全祈念碑
(エスキース)
昭和電工から事故のない“平和”な社会をということで依頼された。この会社が硫安工場を持っていたために、安全と平和の祈願をイメ−ジ化。女性の服装をすかしたモダンなものに、左手に白菊と稲穂を持たせた。両サイドの面は向かって右側に鳳鳥を放し左側は胸に花を抱いてぬかずく少女を描いている。 1950 木彫 22.9×33.4×15.4
78 動員学徒の記念碑 広島平和公園内にあり、戦時中、犠牲になった多くの学徒の記念碑である。本体は、仏像と女神の特色を基に羽根をつけ、各宗派を越えた像とした。 1967 石膏 210.0×85.0×68.0
79 三日月と母子像 昭和52年(1977)広島市平和公園中心部にブロンズ設置、翌年詩人草野心平先生よりつぎの詩が寄せられた。
「天心の三日月の上に幻でない母と子の像。ころこそ永遠の平和の象徴。童子よ、母の愛につつまれて、金のトランペットを吹き鳴らせ、天にも地にも透明な平和の調べ吹きおくれ、どんに未来がこようとも、頬っぺいっぱいふくらまし、ノーモアヒロシマの金のトランペット吹き鳴らせ。1978年8月 草野心平」
改組第7回日展の原型。
1975 ブロンズ 142.5×109.0×92.5
80 伊能忠敬測地遺功表
(エスキース)
東京の芝公園の上の方、円山公園に伊能忠敬測地遺巧表はある。北海道の上部まで計ってないのでボカしてある。二面の後方の面は天体の星、その他を正確に写し出してみた。 1965 石膏 13.0×30.5×23.8
81 夕涼み しょうぎ床几に腰かけて、蚊でもとまったのか。陶彫展。 1977 テラコッタ・木 37.0×39.5×19.3
82 女子像 膝を組んだ姿は孤独の象徴といわれるフシもあるが、私は反対に、この姿から、女性のすがすがしい心のさまを表現したかった。 不詳 陶彫 9.3×5.7×12.0
83 鳥に乗る 4、5歳の少年が鳥にまたがり、両手を挙げる。明るい感じを出してみたかった。 不詳 陶彫 20.3×9.0×15.2
84 ひざに遊ぶ もともとの形は、お母さんガ寝ころんで両手を頭の下で組んで、子どもを、折った膝の上で遊ばせているもの。窯から出したとき、お母さんの胴体がふっ飛んだが、私には愛着とふびんさが残り、頭と足の付け根の部分を組み合わせて作品とした。ふだんの生活のどこにでもある、親子のぬくもりとやさしさを、表現してみたかった。 不詳 陶彫 17.1×7.6×16.3
85 ねむり 信頼のきずなの強い親子が、安心して昼寝をしている姿。 不詳 陶彫 5.4×29.1×93
86 横臥(ひざにふくろう) 女性の自然にリラックスした姿に、ふくろうをのせてみた。 不詳 陶彫 15.8×40.8×17.5
87 横臥(ひざにふくろう) 膝にふくろうが2匹。 不詳 陶彫 23.5×38.3×13.5
88 ふくろう 外国では、ふくろうのことを「知恵の神さま」というそうだ。賢さを表現することは、また楽しみでもあった。誠に私にとっては羨ましい限りである。 不詳 陶彫 28.5×15.0×19.2
89 花器
「抱擁」
タテ1本の線で男女の世界を明確にしている。生けられる花も抱擁しているように、あたたかく飾っててもらいたいものだと、願いながら制作した。 不詳 陶彫 23.8×14.5×12.5
90 トルソ 一見臼のようにみえるかもしれないが、実は花びん。花の生け方で彫刻も生きてくると思う。 不詳  陶彫 20.5×19.5×14.5
91 むつみ
(エスキース)
最初の川崎駅ビルができたとき、飾られたもの。 1963 ガラス 50.8×61.0×0.5
92 魚と鳥
(エスキース)
タイ、サザエ、海藻と仲のよい夫婦鳥を躍動させてみたかった。 1963 ガラス 50.8×61.0×0.5
93 ラッパを吹く女
(エスキース)
最初の川崎駅ビルができたとき、飾られたもの。 1963 ガラス 60.7×45.4×0.5
94 ふぐ 磁器のはんてんを入れてみた。波は木彫である。 1975 陶彫・木 24.4×75.2×5.0
95 ふぐ お得意のふぐの群像。親子の仲良し姿。波は木彫。陶彫展。 1975 陶彫・木 24.0×50.4×4.0
96 ふぐ ふぐは私の好物の魚でもある。面白い色が出たと思うが、実験的な作品であった。陶彫展。 1975 陶彫・木 24.1×36.8×3.1
97 灰皿
「ふぐ」
どうやら私のイメ−ジの発想源には、好物のふぐがあるようだ。陶器の色合いも好きな一つである。 不詳 陶彫 7.0×22.5×11.0
98 大皿
「少女」
少女の胸像。背景に花びらをアレンジしてみた。陶彫展。 不詳 陶彫 44.3×44.7×8.0
99 皿「泥佛渡水」 「泥仏水を渡らず、木仏火を渡らず、金仏炉を渡らず」という言葉がある。つまるところ、「渡仏さまはどの仏さまなのか」。それは「心の仏さま」だけである。昔から私の最も好きな言葉である。 不詳 陶器 47.0×46.2×10.1
100 大皿「佛」 「佛」という文字に観音像を配してみた。 不詳 陶彫 37.0×37.0×5.1
101 皿「佛」 ロクロを廻しながら終わったとき、ふと「佛」の字を書いてしまった。普段意識しているわけではないが、よほど私はこういう言葉や文字が好きらしい。 不詳  陶器 18.0×18.0×4.1
102 皿「海の少女」 海の浅瀬で、花飾りで遊びながら、七色の虹にうっとりする少女。空には海鳥が飛び交っている。 不詳  陶彫 24.5×25.0×4.5
103
「梅と馬」
春の訪れを感じる季節。伸び伸びとした柔らかな生命を、梅と若駒に託し、明るい明日を告げたかった。そんな思いが強くあったものだ。 不詳  陶彫 28.0×28.0×3.9
104 少女
(レリーフ)
イメージした女性を描いてみた。 不詳  陶彫 33.0×27.8×4.8
105 浄心
(レリーフ)
粘土で作って、銀製で仕上げた。 不詳  ブロンズ 24.0×18.0×2.2
106 三人姉弟
(レリーフ)
群馬県前橋市の県庁前にある作品をレリ−フにしたもの。 1985 ブロンズ 42.5×45.5×4.7
107 鳥と海 私にしては珍しい抽象画の作品。第8回日彫展。 1960 石膏・着色 65.0×73.0×6.0
108 牛に馬のタテ髪をデフォルメして、新しい発想を試みたが、なんとなく親しみやすさが前に出てしまって、『子どもの発想と大した違いはない』、と自分でも楽しくなった作品である。 不詳 陶彫 18.5×23.5×6.6
109 灰皿
「熱い」
男の子が、「熱い!」と頭を押さえているポ−ズを中央に配し、タバコの火が消せるように、楽しく工夫してある。 不詳  陶彫 4.8×16.5×16.5
110 燭台
「童子」
題名どおりの作品。胴の部分をもちやすくし、日常的に親しみを持たれるように作ってある。 不詳  陶彫 20.3×8.2×6.6
111 ペン皿
「魚と女」
健康美を表現するために、海で働く女性をイメ−ジしてみた。 不詳  ブロンズ 1.1×10.8×23.3
112 イス 子どもが小さい頃、子ども用として私が作った。頑丈な作りで、今もちゃんと使える。着物の木綿かすりで背中の部分を張ってある。 1953 木彫・布 67.6×40.0×54.0
113 木喰五行句 「まるまると まるめまるめよ わが心 まん丸丸く 丸くまん丸」は私が好きな木喰上人の句です。   不詳 掛軸 105.0×27.9
114 積み重ね 「積み重ね つみかさね 積み重ねた上にも 叉積みかさね」は座右の銘です。 1993 掛額 88.0×168.5

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